ゾウについての基礎知識

   陸上最大の野生動物ゾウはアフリカゾウとアジアゾウに大きく分類され、双方とも数頭から十数頭の群で行動する。ゾウは草食動物で植物の葉や実、木の皮や根などを食べて生活し、体重の10%ほどの食物を必要とする。

 野生ゾウは広い行動エリアを移動中に、食べた植物の種子を糞といっしょに散布する。こうした行動は彼らの居住地域の植生を促し、野生生物の生育環境を豊かなものにしていく。野生ゾウは自然環境を守っていく上でも、重要な役割を果たしている。

 一方、アジアでは経済発展にともない農地開発や道路整備などが進み、ここ半世紀で自然破壊が急速に進んでいる。森林減少による生息地の消失、農業の獣害としての駆除、密猟によって野生のアジアゾウの個体数は激減。WWFによると20世紀初めに約10万頭だったアジアゾウは現在、約5万頭前後に半減して国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種に指定されている。

アジアゾウとアフリカゾウの違い

タイの森林破壊と野生ゾウ

   1940年代、タイの森林の面積は国土の60%以上を占めていた。1980年代はそれが30%以下に減少。1989年、タイ政府は商業目的の森林伐採を全面的に禁止するが、1991年の森林は国土の26.6%まで激減している。 農地開発、山間部の道路整備など森林減少はタイの急速な経済発展ともに進み、旱魃や水害をはじめ、野生動物も住処や食料を奪われている。

   一方、タイでは国立公園、野生動物保護区、野生動物捕獲禁止区など200箇所以上の地域が指定され、その総面積は国土の17%に相当する。タイは東南アジアでも野生動物の保護管理が、比較的良好な国ともいわれるが、それでも地域固有の動物の12%が絶滅の危機に瀕している。

   アジアゾウもそのひとつで現在、タイの野生ゾウは約2000頭と推定されている。しかし森林激減や保護区内の農地造成などで、ゾウと近隣住民の衝突が頻発し政府も対策に苦慮している。

Disappearing forests Map
https://www.grida.no/resources/7436

Cartographer : Philippe Rekacewicz, UNEP/GRID-Arendal

タイの飼育ゾウとその厳しい現状

   アジアでは古代から、学習能力の高いゾウが人間の使役動物として飼育されてきた。紀元前300年代、マケドニア王国アレクサンダー大王の東方遠征の時、ペルシア帝国やパンジャブ王国が戦闘にゾウを使っていた記録がある。ゾウと人の関係は2000年以上もの歴史があるのだ。

   タイではスコタイ王朝(1240〜1438)時代から、野生のアジアゾウが捕獲、調教されて戦闘や材木運搬に使われてきた。人との長い歴史の中でゾウはタイの象徴的な動物となり、旧国旗にもゾウのデザインが使われた。また飼育ゾウは1939年制定の法律で家畜に位置づけられ、現在、ゾウの所有者は家畜管理局に詳細登録が義務づけられている。

   1989年に森林伐採が全面的に禁止されると、失職したゾウとその管理訓練師(タイ語で「マフート」)は観光業界で働くようになる。観光業の発展で1995年に国内22箇所だったエレファントキャンプ(ゾウの観光施設)は、2018年に223箇所に拡大。タイは現在、世界8番目の観光立国で、ゾウはその観光収入に大きく貢献してきた。ただ娯楽的なショーや観光客を乗せるためにゾウが過酷な調教を受けることも多く、観光の舞台裏の現実が国際的に問題視されている。

   タイでは1992年制定の野生動物保護法で、野生ゾウの国の管轄下で保護される。しかし同じアジアゾウでも観光用飼育ゾウを保護する法律はなく、調教や保護管理は所有者やエレファントキャンプ経営者に任されている。ビジネスが絡むだけに動物保護団体と観光業界の間で、ゾウ観光のあり方やゾウに対する価値観も大きく異なり、「観光ゾウ」は複雑な状況におかれている。

   さらに深刻なのがCOVID-19によるパンデミックの影響だ。1日に数百キロの餌を必要とするゾウの餌代や健康管理が、エレファントキャンプ経営者やゾウ所有者の経済的負担となり、国内約3800頭の飼育ゾウの大半が2020年から飢餓や病気の危機に直面している。公的支援が少ない中、ゾウやその関係者を支援する活動が民間の保護団体などによって懸命に進められている。

参考資料:WWF(World Wide Fund for Nature/世 界自然保護基金)
: www.wwf.or.jp